2014年05月03日

軽井沢、そして有島武郎。

4/24
前日に深夜まで飲んでいた私だったが、翌日の朝7時半近くには立川駅構内にいた。軽井沢に行くためだ。Sと一緒に高速バスに乗り込み、一路長野県へ向かう。

10時半頃到着した軽井沢は少し寒かった。

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軽井沢駅。

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軽井沢のマンホール。

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レンタサイクルに乗ろうよとSに誘いかけるが断られる。おそらく私の運動神経を疑っているのだろう。Sは自転車の達人なのだから。まぁ、旧軽井沢まで歩いていきまひょ。

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GW前だからなのか閑散としている軽井沢。が、だんだんと日差しが強くなってきて、気分が揚がる。いつものように取り留めもない話しをする。

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軽井沢には、有料トイレがある。できるだけトイレは済ませておいたほうがいいのであるが、1日3回もうんちが予告なしに出る私には厳しい街である。『うんこに厳しい街 軽井沢』なのだ。


さて、旧軽井沢に入る前に何かを食べようということになり、イタリアンを選択。

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直ぐに予約でいっぱいになる有名店だ。

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ランチセットはアラビアータにした。これが大層おいしゅうございました。麺がモチモチしている。

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ピンとがずれてしまったがきのこのピッザも併せてオーダー。これも美味しかった。

お腹も一杯になり、安心して散歩へGO!

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しんと静かな雑木林。大きな別荘がポツポツと並ぶ。

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有名な旧三笠ホテルへ行きましょう。

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西洋建築の旧三笠ホテルである。三笠ホテルのカレーは有名である。レトルトでも売っているが800円もする。800円のレトルトなんて私は買わない。


Sが「ここに有島武郎の亡くなった別荘跡があるよ」と教えてくれた。そうだ、有島は婦人公論の編集者と軽井沢の別荘で心中し、みつかった時は夏の暑い時分だったから、顔に蛆がたかり判別不能となっていたのだ。縊死した美男美女にたかる蝿。それさえも文学と思われる。そんな二人が心中した別荘跡がもう近くにあるというではないか。Sと私は以外にきつい傾斜を歩いてそこに辿り着いた。


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有島武郎終焉地碑。中学生の頃から想像していた場所に来たという喜びと、有名作家とはいえ人が亡くなったその土地に立ち少しばかりいろいろと考えた。

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弟である画家の有島生馬の筆で、「大いなる可能性エラン・ヴィダル 社会の心臓 そういう君は 死んじゃった! 運命の奴め 凄い事を しやがったな!」と彫られている。才能溢れる兄の死を受け止めることは厳しいことだったに違いない。生馬は91歳まで生きている。

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遠くから見る。この場所に有島の別荘(浄月庵)が建っていたのだ。


心がトリップしていると、Sが冷静に言った。「有島武郎の別荘が塩月湖に残っているよ。行く?」「よし、行こう」旅に行く時はSが時刻やらバス停やら名所などをチェックしてくれる。私はこういうことが不得手だ。彼女は私の好みを知っている。今回もすでに次に行くべき場所を調べていたようだ。ありがとう、S。


有島邸の急な坂道を下り軽井沢駅まで戻り、そこからバスに乗り浄月庵に辿りついた。やっと、別荘が見れるのだ。大変嬉しい。文学好きならこの気持ちはわかるだろう。

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バス停降りたらすぐの物件ですという感じ。

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有島武郎と波多野秋子の遺体は食堂にあったという。それがどの部屋かはわからなかった。開けてはならない部屋もあり多分そのあたりだろう。

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なかなかの建築物だ。

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1Fはカフェになっている。有島の名著『一房の葡萄』の名がつけられている。当日は残念ながら営業していなかった。

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別荘内の一部が展示室になっている。心中が発見された時の新聞が掲載されていた。

この後、高原文学館へ行き、堀辰雄、野上弥生子、立原道造、中村真一郎ゆかりのモノを見て過ごした。

あっという間に日が暮れてSとの小さい旅も終わったのだ。

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道端で拾った松ぼっくり。


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2014年05月02日

Kと会い『馬のたて髪肉』を食べる。

Kは良い奴である。元同僚で年下の男友だちである。


元の職場は私が先に辞めてしまい、その後、自分なりに頑張ってみようと粘りに粘ったKもすっかり疲弊してしまい、今では違う職場で働いている。一時のKといえば、ストレスで睡眠時に悲しい雄たけびをあげたりして優しい妻を驚かせていたのだ。


Kはすっかり疲れてしまったのだ。先に退散した私が今もその疲れを引きずっているのだから、Kの苦悩は並大抵のものではなかったろう。それを思うたびに私は、先に沈没船を降りた者のような気持ちになる。最後まで一緒に闘うべきであったのだ。


ブログに書くには深刻すぎる職場の話である。一つ言えるのは、職場構造が崩壊している中で私たちは笑いで精神的にカバーしてきたのだ。今日も楽しくしようではないか。しかし、Kは緊張の糸が解けたのだろう。かつての上司の名前さえ言うのが辛そうで「あれ」や「それ」と呼んでいる。「あれがその時に急に大声をあげたんです」という具合に。ならば、いっそ「IT」にしようじゃあないかということになった。『ITと呼ばれた上司』である。それは、その上司が私たちに人間として見放された瞬間であった。


シリアスな話も最初までだった。この日はSが全てを取り仕切っていた。会食は密閉された個室で行われ、固有名詞が飛び交う会話が隣室に届きにくいようになっていた。そして、これは大事なことだが、私は酔うとおしぼりを投げつけるという奇行に走るのだ。最初は仲間うちに投げつけたりしているのが、普通の個室によくある隙間から隣室に向けて投げつけることもある(らしい)のだ。過去には投げたおしぼりが投げ返されたこともあった。ナイスボールである。しかし、迷惑をかけてはならない。そういうことも配慮されたSの店選びだったのだ。


Kと私は始めはビールで荒くれた喉チンコを潤しつつ、互いの近況などを話していたのだが、ビールを2杯、するすると飲みほしたあたりから、「そろそろやりましょう」という雰囲気になってきた。


Kはあらゆる肉を食べた。牛舌から鶏軟骨から生のササミ、そして「馬のたて髪なんてどうすっかね?」という提案をするのだ。縄文人Sは酔った声で、「たて髪は頭を振る場所だから、なるほど油が乗っているねぇ。これはサラブレッドかなぁ。いやいや違う農耕馬だ」と質疑応答を一人でこなしながら美味しそうに舌鼓を打っていた。縄文人は馬も食べたのだろうか。

午後6時過ぎから始まった会食は12時近くまで粛々と行われた。私たちはこの楽しくも荒くれた宴会で積年の疲れた魂を浄化したのであった。駅ホームでKに膝ケリをしながら、互いの幸運を願って別れた。Kよ、君は今日も頑張っているだろう。私はいつも君の幸せを祈っているのだ。さらばじゃ。また、会おう。

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井の頭公園の獰猛な鯉たち。


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2014年05月01日

いつものように井の頭恩賜公園を歩く。

ブログを書かなきゃいかんと思いつつ、あれやこれやが勃発して5月に入ってしまった。
前に遡って書いていこう。
久しぶりに友人Sと元同僚Kに会ったのだ。

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東京も寒いのだ。春物とはいえコートを着ていって良かった。友人Sはいつもの時間にいつもの駅でいつもの顔をしてやってきた。昨日もこいつと会っていたような、その前の日も、いやいやずっとこやつと会っていたような、そんな不思議な錯覚を覚えるのだが、Sと会うのは実に1年以上ぶりなのである。

そして、この街は馴染みがありすぎて、自分がいるのが当たり前の気がするのである。Sとしっかりハグをしてから、今日は夜にはKと会うので、それまで井の頭公園でも散歩しようということになった。

いつものように三鷹から玉川上水をぶらぶらと歩く。

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五月が咲いている。ここの道はSも気に入りである。季節ごとに美しいのだ。

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奥に行くにつれ、鬱蒼としていく玉川上水。梅雨はまだだが辺りは湿り気を帯びている。

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子どもの手のひらのようなもみじ。日差しに透けて柔らかく涼やかだ。

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太宰治の遺体がみつかった新橋。明星学園の向いになる。そんなこんなを話しながらぐんぐん歩く。


「そろそろお腹が空いてきた。何、食べる?」と聞くと、Sはきっぱりと即効で答えた。


「さとうの肉」
(一人で決めていたのだね・・・S・・


吉祥寺のサンロードを歩き、Sの言うところの「さとうの肉」を目指す。メンチカツを買う人の列が見えるとそこは「さとうの肉」である。

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左の赤い日除けがメンチカツ売り場で、右の急傾斜の階段の上が『ステーキハウスさとう』である。登山道のような階段を手すりに掴まりゆっくりと上がる。


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Sが迷わずに注文したのは、『サトウステーキ』である。120グラムの黒毛和牛のサイコロステーキに2種類のソースが付いているやつだ。他にサラダとみそ汁とご飯もきた。ご飯はお代わりOKであるが、この日は夜にKとの飲み放題という素晴らしい会食を控えており、ごはんは一膳のみである。まだ12時前だが、レストランサトウは既に長蛇の列であった。食べたい方は早目に行くことをお勧めしたい。


お昼ご飯を食べ、ぐんぐんと井の頭公園に入っていく。

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武蔵野の面影が今も色濃い、井の頭公園である。ほっとする空間だ。この周辺は縄文時代初期の石器や土器が多数発掘され井の頭池遺跡群としても有名である。友人Sの顔は明らかな縄文顔であり、そのせいか懐かしげに公園を歩くのであった。

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噴水も気持ちがよかばい。

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サイクルボートからの風景である。カップルのボートが柳の下に停泊し、二人の姿が見えない(横になっている)という妖しい状況に遭遇したが、写真は撮らずに静かに見学だけした。

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青くちばし黄目の鴨が横切る。

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発見!一羽だけ眉毛ありの男の子スワンがいるのだ。別名『幸運の眉毛スワン』


ボートを降りて、のんびり散歩を続けていると『顔面紙芝居』という珍しいパフォーマンスに遭遇した。

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紙芝居に穴が開いていてそこから顔を出したり、紙芝居から飛び出して演技をしたり不思議な世界が展開する。演目は、芥川龍之介の『杜子春』である。有名なシーンである母親が地獄で責め苦に遭うのを見た杜子春がついに仙人との約束を破り、「おかあさん!」と絶叫するところは迫真の演技でちょいと涙が出たのだ。Sも心に感じるものがあったようで、帰りの本屋で芥川の小説集を購入していた。

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さて、井の頭恩賜公園のマンホールである。『都立公園』と書かれているので、上野恩賜公園も同じマンホールを使用しているのかもしれない。

さて、時間になり、立川駅で懐かしいKと再会した。その後は怒涛の酒盛りへと発展していくのだが、続きはまた後日である。



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2013年06月15日

太宰治と山崎富栄の玉川上水〜吉祥寺「佐藤の肉屋」〜府中伊勢丹「小嶋屋」

 すったものだの東京在住の間、友人Sとは一回しか会えなかった。何回か会えないかと連絡するも、仕事が立て込んでいるだの、東京ドームにジャイアンツを観に行くだのと断られた。よほど忙しかったのだろう。



 で、やっと会えたのは、帰る前日だった。立川駅で会い、駅構内の蕎麦(うどんにしか見えない)を食べた。「おいしっ」とSが呟いている。確かに美味しいだしだ。Sはかつて昆布だしに懲りすぎて医者に注意された経験を持つ。私も母が無類のどんこ好きでありダシにはうるさい。そんな二人が絶賛するここの蕎麦のつゆはとても美味しいのだ。駅構内とは思えないほどのクオリティの高さだ。ぜひ、食べてほしい。但し、朝のみの提供である。



 さて、この日は6月12日である。太宰治が山崎富栄と入水自殺をしたのは、翌6月13日。三鷹の禅林寺でお墓参りは済ませてあるので、玉川上水に散歩に行こうとSと二人中央線に乗った。



 途中の武蔵境駅でトイレに行きたくなった私は、満員電車の中でSに、「うんこしたい」と小さな声で訴えた。Sは軽く無視を決め込み次の駅まで我慢しろと言った。三鷹でやっとトイレに行き、散歩の態勢が整えられた。



 ちなみに私は三食食べると三回うんこに行く。ところが、Sは6食摂って1回くらししかトイレに行かない。ひどい時は1週間くらい行かない。だから、私の急激なトイレ事情を理解できないのだ。



 三鷹から玉川上水沿いをずっと歩く。結構な距離だ。梅雨空でひっきりなしに小雨が降っていたが、緑が清々しい。写真を撮りたかったのにカメラは電池切れだった。Sに罵られたが仕方がない。次回から気をつけねば。


恋の蛍: 山崎富栄と太宰治 (光文社文庫) [文庫] / 松本 侑子 (著); 光文社 (刊)

恋の蛍: 山崎富栄と太宰治 (光文社文庫) [文庫] / 松本 侑子 (著); 光文社 (刊)

太宰治の心中相手として後世に名前が残ってしまった山崎富栄。才色兼備の評判が高かった。人気作家である太宰から「ボクと死ぬ気で恋愛してみないか」と言われ、当時としては女学校を出、慶応に聴講生として授業に出るほどの学問的意識の高かった富栄は、よくよく考え「死ぬ気で恋愛します」と答えた。



 太宰が入水心中をした時の玉川はもっと豊かな水だったのだろうが、今はわずかな水量だ。両岸を被う草木が鬱蒼としていて、川はよく見えない。嫌な匂いはしないので、浄化に努めているのだろう。こういう場所で心中があったとは信じがたい。それが、ちょうど明星学園の前あたりだ。今は閑静な住宅地になっている。



 有名な話だが、二人の遺体は紐で固く縛られていた。この恐ろしいニュースを聞き津軽から飛んできた太宰の長兄(青森県知事)と井伏鱒二は二人を結びつけていた紐を切り、慌てて太宰だけを連れ帰った。それは責められないだろう。妻も子もいる男、津軽では名家として知られた津島家の出である。おまけに兄は政治家であった。本人も既に人気作家として知られていた。
 その後にやってきた山崎富栄の父親(東京婦人美髪美容学校創立者)はムシロをかけられたまま土手に放置されている娘を見て号泣したと言う。本当に気の毒だ。
 


 そんなこんなを考えながら歩く道すがら、雨合羽を着たおじさんから声を掛けられた。「青大将(蛇)がいるから気をつけて」と言う。青大将なんかちっとも怖くない。けど、怖いふりをしてお礼を述べ吉祥寺方面に向けて足早に歩く。



 青大将よりも怖いモノを見てきたし。



 足早に歩いたのは「佐藤の肉屋」に行くためだ。正式名称はなんというのか知らないが。Sと私の間では、「佐藤の肉屋」で通っている。メンチカツで並ぶ店で有名だ。しかし、我らはメンチカツなんて興味がない。二階が小さなレストランになっていて、大きな鉄板があり、そこで一階の店舗から持ってきた肉を焼いて食べさせてくれるのだ。
 三浦雄一郎がヒマラヤ登山で克服したような急斜面的階段を昇る。1.500円のさとうランチを頼む。120グラムの肉。ソースは玉ねぎとニンニクの2種類。付け合わせにもやしと人参、小鉢のサラダ、漬物、みそ汁、ごはんだ。



 この日の夜は、「へぎ蕎麦」で一杯やるつもりなので、ご飯のおかわりは止める。
 


 武蔵野を徘徊し、行きついたのが「甘味処たかね」。なんかね、名前の通り高いのだ。あんみつは1000円以上するし、クリームあんみつにすると1300円くらいになる。
 さんざん悩んで、のり串だんご1本とお茶セットにする。これでも750円くらいだ。しかしこの後、納得する。いやはや、お茶の美味しいこと。


 ふ〜と寛ぐ。こんなに甘くて、ほんのり苦くてうまみがあるお茶は初めてだ。ポットが何回も出てくるので、お茶からうまみが出てくる限り何杯でも飲めるのだ。Sはタイ焼きとレモングラス(冷)を注文した。タイ焼きのあんこは三鷹の小豆で、作りたてだという。レモングラスも美味しいらしい。


http://www.kanmidokoro-takane.com/



 調べるとかなりの有名店で、昭和28年から創業し有名人にも贔屓が多いらしい。



 さて、夜はSのリクエストでへぎ蕎麦「小嶋屋」に行く。厚焼き卵、烏賊の塩辛、板わさ、鶏の唐揚げ、漬物を肴に焼酎と梅酒でゆっくり過ごす。〆はへぎ蕎麦だ。二人揃っていつもの野菜天へぎを頼む。


http://www.kojimaya.co.jp/


 私が初めてへぎ蕎麦を知ったのは、立川のグランデュオにあった小嶋屋でだ。ここのへぎ蕎麦を食べ、あまりの美味しさ喉ごしの良さにたちまちファンになった。それをSに話し、二人で通ったもののグランデュオのリニューアルで店自体がなくなってしまった。


 府中の伊勢丹という立地の悪いところにその店があると聞いて出かけたのが今回で二回目。正直、卵焼きも天ぷらも蕎麦もグランデュオより劣る。それでも食べたいと思うのは、へぎ蕎麦そのものに心惹かれるからだ。いつかは新潟の本店に行きたい。



 いつも思うが楽しい時は早い。駅で抱きしめたSの体はダイエットの効果が出て締まっていた。


 
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2013年05月14日

立川市芝崎町の水辺から昭島市の多摩川へ。

面接のために東京へ。


失業者でもあり、今回はLCC(エアアジア)である。問題はやっぱり成田着ということ。地元立川まで時間とお金がかかる。それでも5000円と少しの飛行機代はお値打ち。


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エアアジア。広島カープと同じ真っ赤がシンボルカラーだ。Bクラスでも安ければ嬉しい。


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スカイライナーで日暮里経由で神田乗り換えの中央線コース。これが一番最短だ。
途中「鎌ヶ谷」を通過。斎藤祐樹投手ガンバレと祈る。


さて、都心が近づく。


Sとはゆっくり時間を過ごしたいのだが短い旅しかできない。なんせ、次の日の朝一番には面接があるのだから。いつもの駅にいると、きょろきょろと周りを見回しているSがいる。面白いから遠くから眺める。


それから、「おっ」と政治家のごとく右手を挙げて挨拶をする。昨日も会っていたし、明日も会うだろう・・・という自然な空気がある。時間が少ないので、私の気に入っている「水場」(立川市柴崎町)にご招待する。


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きらきらと光る水面。中央におられるのはカモだ。


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コサギが水辺を通り越し民家まで飛んだ。


この日は真夏日だ。日差しが熱い。Sは必要以上に汗をかいている。
こやつの汗かきは今始まったことではない。


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水辺三種盛り。ここの水は透明すぎてお魚の餌はあるの?と疑問になるほど美しい。Sが美しさに感動して自転車で遊びに来たいと呟く。


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野の花にも癒される。


立川市から歩いて昭島市に入る。
「多摩川」を「たま川」と表記すると、気の抜けたコーラみたいさ。


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学生時代から多摩川はいつも私の近くにありました。ありがとう、多摩川。


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夕日が顔面に当たり痛い。日焼け止めを塗っているが、シミができるのが怖い。Sの頬はすでに真っ赤で紅しょうが入りのたこ焼きのようだ。


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このマーク・・・地元の人間しかわからないだろうな。くじらだ。東京都昭島市の下水道にも描かれているくじら。化石が発掘されたらしい。


朝まだ寒い札幌を出た私にとって、同じ日本とは思えないほどの陽気の東京。この地を離れてまだ半年も経っていないのに、やたら懐かしい散歩なのである。


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散歩の間にはもう一人の友人Kや上司のMの話になる。
Kは『副主任』という出世を果たしている。次回はたっぷりとお祝いをせねばならない。


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2013年04月06日

いざ鎌倉へ。

 また、しばらく会えなくなるSと鎌倉に行ってきた。

 以前二人で鎌倉に行った時は紫陽花のシーズンだった。古都鎌倉がなお一層美しくなる時期である。江の電の運転手の真後ろに幼稚園児の如く仁王立ちになって電車の脇の紫陽花に心奪われた私たちであった。トンネルを抜けるとアマチュアカメラマン(別名カメラ小僧)が大量に発生していて江の電に向かって一斉にフラッシュを浴びせたのである。ちょうどそこが紫陽花と江の電が絡む、よかポイントだったんだろう。私たちはキッと眼を剥いて口を半開きにした馬鹿な顔で写っていたと思う。


 月日が流れた。Sは鎌倉が好きだ。海が見たいとか山が好きだとか聞いたことがないので、ただ単になにか美味しいものにありつけることができるからだろう。


 で、鎌倉へいざ出陣でござる。


 鎌倉に着き、小町通りに入る。ここは小さな店が立ち並んでいて楽しい。多いのは漬物屋さん。味見の皿が並んでおり、それ目当ての客で混雑している。鎌倉納豆、鎌倉ハム、鎌倉コロッケ等々。鎌倉とつけばなんとはなしに美味しそうだ。
 

 Sが鎌倉コロッケに動揺の色を隠せないでいる。「こやつは今コロッケを欲しているな」と思うが、朝、駅中でおじさんたちに交じり名物そばを食べたばかりである。


 小町通りを右手に抜けると、鶴岡八幡宮まで続く桜並木が目に入ってくる。満開の桜だ。桜は一本でも風情があり美しいが、並木になってドンと来ると、ゴージャス松野クラスになるのだ。(良いコの皆さん、ゴージャス松野を知らない場合は、周りの大人に聞いて下さい)

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お天気も良く、平日だが学校も休みのためか沢山の人が来ていた。

 
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並木を楽しみながら鶴岡八幡宮に入る。


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なんと源平池に水がない。したがって、蓮もない。泥の処理をしている人がいるが、こういうものも定期的に清掃するものなのだろうか。面白いものを見た。



 そろそろお昼なので何か食べようということになり、今日はうなぎ屋へ。


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 茅木家。帰って改めて食べログで調べると行列ができる有名店らしい。この時点で当てずっぽうで入った。


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 うな丼2.510円、肝吸い(別だ)210円を頼む。一口食べ、二人顔を見合わせて「?」となった。なんというのかあっさりしているのか、味がはっきりしないのか。「?」なのである。肝吸いはしっかりとした味付けである。Sはうなぎは濃厚たれでしょうと思っているようでご不満顔である。どうりで周りはご年配の方が多い。あっさりしているので食べられるのだろう。


 小町通りに戻ると、人だかりができている。


 何かの撮影だ。


 すかさずSが「おじゃマップだ!」と小さく叫ぶ。香取慎吾、高嶋兄、田村亮、ザキヤマ、柳原可奈子がいた。あまりの人混みにADらしき男性が汗をかきつつ交通整理をしている。スーツ姿の生意気そうな男が仕切っている。「あれは、電通だ」二人でうなづきあう。


 おっ、香取慎吾の顔がはっきり見えた。肝臓悪いのかなと思うような肌の色だ。Sが「普通のどこにでもいるお兄ちゃんという感じだね」と追い打ちをかける。そこに高嶋兄が出てくる。穏やかな感じで、品の良さが出ている。背が高く細い人だ。


 びっくりしたのは、柳沢可奈子である。なんと小さく、可愛いのだろう。皮膚がきれいだ。もちもちで白い肌だ。同じくもちもち肌を誇るSが「肌きれい!!」と絶賛したので、間違いない。そして、太ってない。まぁ、ふくよかであるけれど、TVで見るようなデブな感じではない。


 2013年4月17日夜7時からの放送らしい。


 すっかり午後になり、Sが希望していた場所に行く。甘味処の無心庵だ。

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 頼んだのはクリームあんみつ。甘味の王様である。これは美味しい。本当に美味しい。多分、全てが手作りされているのだ。そして、黒蜜が本物である。黒蜜は壺にたっぷりと入れられてきた。

 
 私たちは目を見合わせる。おいしいね。ね。ね。
 

 ひーはーである。


 鎌倉の楽しい一日も終わろうとしている。
 この後、地元に戻り、小ざっぱりとした場所で寛ぎながら、ゆっくりと食べたい飲みたい、靴下を脱ぎたい、ということで、いつもの個室居酒屋へ行く。無制限飲み放題を頼み、無制限に飲み、食べ、笑い、話、次に会う時まで村上春樹の新刊を読んでおくことなどの取り決めを行った。


笑えば笑うほど、楽しければ楽しいほど、別れは辛いものだ。


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そして、私たちはまた頑張るのだ。


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2013年03月29日

春まだ浅い信濃路へ。

 前夜の洞窟的飲み会の酒が残る体を引きずって、朝8時半に約束の駅に行くと、Sがいつも通りに元気に立っていた。お気に入りの赤のスニーカーを履いている。


 「よっ」と昭和の小林旭スタイルで挨拶を交わしてから、どこにいくかのミーティングが立ったまま開かれた。構内の掲示板に「あずさ」という文字を見て、「春まだ浅い信濃路へ♫〜スチャラチャラチャラ♪あずさ2号〜で♪」とどちらからともなく歌い出し、「では、信州ということで」と決定。その間、ほんの数分であった。


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 あずさ2号 

作詞:竜真知子
作曲:都倉俊一

明日 私は旅に出ます
あなたの知らないひとと二人で
いつか あなたと行くはずだった
春まだ浅い 信濃路へ

行く先々で 想い出すのは
あなたのことだとわかっています
そのさびしさが きっと私を
変えてくれると思いたいのです

さよならは いつまでたっても
とても言えそうにありません
私にとって あなたは今も
まぶしいひとつの青春なんです
8時ちょうどの あずさ2号で
私は 私は あなたから旅立ちます

都会のすみで あなたを待って
私は季節にとり残された
そんな気持ちの中のあせりが
私を旅に誘うのでしょうか

さよならは いつまでたっても
とても言えそうにありません
こんなかたちで 終わることしか
できない私を許してください
8時ちょうどのあずさ2号で
私は 私は あなたから旅立ちます

さよならは いつまでたっても
とても言えそうにありません
こんなかたちで 終わることしか
できない私を許してください
8時ちょうどのあずさ2号で
私は 私は あなたから旅立ちます



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 あずさで降りた松本はあまりにも寒かった。駅ビルでSとセーターを買った。奇跡の525円。Sはぼんぼりんこがついたやつを購入した。


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525円。中にボアがついており、ありがたかった。


 セーターを着込んですっかり暖かくなり調子づいた私たちは松本城まで歩くことにする。道路が広く、人通りも少なく、アルプスから運ばれた空気は澄んで心地よい街だ。Sと二人で「♫口笛はなぜ遠くまで聞こえるの?あの雲はなぜ私を待ってるの?教えておじいさん♪」と歌いながら歩く。二人は絶好調である。

 
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画像が紫がかっている。この頃からカメラの調子が悪い。


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 威風堂々。松本城は国宝である。外壁は黒くしゃれおつである。


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 天守閣まで歩く。現存最古の五重六階の木造天守で、狭く急な階段を昇っていかなければならない。資料を見ると、階段の数が約140段で最大斜度が約61度となっている。眺めは素晴らしく遠く南アルプスを望むことができる。


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遠く見えるは南アルプス。


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天守閣から見える鯱(しゃちほこ)。


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展示されている鯱。こういうのがひっついているのだ。


 眺めは素晴らしいが、天守閣までの階段はアイガーの北壁状態だ。昇りも怖いが、下りも怖い。帰りの廊下で係の人に聞くと、階段は戦国時代そのままであり、長い袴を履き昇り降りしていたそうだ。現在は手すりがついているが、当時は履きものが手すりに絡みつき危険なため階段のみの構造だという。すごいことだ。


 「武者震い」の窓や、「忍者走り」の廊下など興味深い名称のものがある。Sがキンちゃん走りなどふざけたことを言っているのを聞き流し、心は戦国時代へ飛ぶ。急な階段も忍者なら飛ぶように降りられるのだろう。一回転くらいの回転をかけたかもしれないな。武士たるもの、このくらいの傾斜で怯んではいけないのだ。

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天守閣の天井に飾られた神棚らしきものを発見。


 昼をまわり、お腹がすいたということで信州そば店へ。揃って天せいろを注文する。そして、揃ってまずさに呻く。どうしたことでしょう。ピーマンの天ぷらはダマで、なすびは油を吸い込み過ぎてびちゃびちゃである。蕎麦はちぎれ、つゆはまずいっす。珍しく二人とも残す。

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松本市内。


 さて、楽しい旅もいよいよ終わり。再び「あずさ」に乗り東京へ。


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 この後、地元(かつての)に戻り、和食をつまみにSは梅酒、私は焼酎を飲んだ。私はまだこの街で生活しているような錯覚をする。Sとこうやって気楽に会えるような気がする。夜は楽しさを包んで更けていったのである。


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2012年12月16日

今年最後の小さな旅〜山梨県〜

 12月20日に札幌へ帰る私である。

 Sと定期的に行っていた小さな旅や美味しいものを食べる夜の会もしばらくはお休みになる。いつもは、行く場所を決めてから出掛けるのだが、今日は考えもなしに立川のホームに滑り込んできた電車に乗った。

 行った先は、山梨県だ。停車駅は河口湖駅。

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 バスの周遊パスを購入し、まずは河口湖沿いをゆるゆると走る。周遊パスは一日何度でも乗り降り自由。人気があるのは、オルゴール館やハーブ館で、乗客の多くが降りていく。私たちは、バスのシートに座りただただ湖を見た。車内は暖かくて気持ち良い。湖は曇った空を反映して、暗く、そのためか汚く見えた。北海道の湖を思い出す。もう帰るのだ。

 「S、支笏湖を見たことはあるかい?」と私は聞いた。(Sといる時は、なぜか北海道弁になることが多い)もし、行ったことがないのなら、彼女を連れていこうと思ったのだ。だが、Sは勝ち誇ったように、「支笏湖も阿寒湖も摩周湖も見た」と言い、自分が行った時は、霧の摩周湖が晴れ渡ったと、まるで手柄のように自慢した。そして、阿寒湖では私へのお土産にする『まりもっこり』をどれほど苦労して選んだかも語った。

 北海道には、『まりもっこり』という道民が心から誇れないマスコットがある。そして、それをSからもらった記憶がある。しかし、すぐに壊れ、携帯にはストラップの糸だけがぶらぶらしていた。下品なだけではなく、品質も劣悪だったのだ。

 河口湖の次は西湖に行こうと言う話になった。ちょうどお昼どきで、駅の販売員に美味しいお店を紹介してもらい、駅前の「ほうとう不動」へ行く。

 店内はほぼ満員。寒い。しばらく待たされて登場したほうとう鍋は顔がすっぽり入るくらい大きい。食べるうちに汗が噴き出す。Sも私も食べると汗が出て、頬が赤らむという相撲取り体質である。二人で汗をかきつつ真剣に食べた。白菜、人参、玉ねぎ、なめこその他もろもろの野菜が入っている。肉類はなく、その代わりか油揚げが入っていた。ヘルシーだった。お腹いっぱいで幸福。

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 西湖行きのバスまで時間があったので、案内所に行きパンフレットを物色していると、山中湖に「山中湖文学の森・三島由紀夫文学館」があるという。西湖は取り止め、最近めっきり文学少女的様相を呈しているSと訪ねることにした。美術館は森の中にあり、素敵なところだ。寒いが二人で散歩を楽しむ。

 Sは寒さのためか頻尿気味である。彼女がトイレにいる間に、三島との縁を館員に聞くと、三島作品には山中湖を舞台にしたものが多いが、山中湖と三島家とは関係がないということだった。おそらく運営している山中町が、観光客を誘致できる格調高い箱物がほしくて建てたのかもしれない。建物は素敵だ。残念だが、展示品はそれほど興味を引くものはなかった。

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 楽しい時間が過ぎるのは早い。

 今年最後ということで、国立にある隠れ家的フレンチを予約してあったのだが、中央線に不具合があり、立川のイタリアンに切り替える。トレモンテ。ちょっと有名なお店である。予約なしだったが、カウンター席が2つだけ空いており、Sと今年最後の晩餐をとった。

 次回は
『朋あり遠方より来たる』となる。

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SがATMに行くと行って席を外したコーヒーショップで、ナフキンにメモ。

Thank you!
I'll be with you.


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2012年12月09日

クリスマス・シーズンのディズニーシーに行く。

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Sが私がバンビ好きなのを知っていてくれた。

パスポート料金は6200円だ。それでも一日、数万、数十万人の人が来園するらしい。それだけの価値があるのだろう。

 一日が終わり、友人Sに言わせると、主要なアトラクションはほぼ乗ったそうだ。水上パレードも一回半見た。大満足。

 Sはアトラクション(身体受け止め快感)派で、私はイベント(環境雰囲気快感)派のようだ。アトラクション好きのSだが、「タワー・オブ・テラー」では、あまりの恐怖のためか激しく咳き込みだし、嘔吐寸前となっていた。最前列に座っているため、後方に彼女のゲロリンが飛び散り、関係者各位にご迷惑をかけてはと心配したが、なんとか治まった。

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内臓がぐるぐるとなった、タワー・オブ・テラー。

≪神4の絶対的エース≫
 ディズニーの神4といえば、ミッキーマウス、ミニーマウス、ドナルドダック、そしてディジーダックだ。『絶対的エース』は、ミッキーマウスである。夕暮れて水上パレードに出てきたミッキーマウスには、後光が差していた。ありがたくて拝みたくなる。涙ぐむ自分がいまいましい。最近は少しのことで涙が出る。年のせいだ。隣のSはマップを拡げひたすら次に乗るアトラクションを考えている。こいつにはロマンがない。なさけなか。なさけなかばい。

 澄んだ冬空に響くような高い声で、ミッキーがミニーに語りかける。
 「ねぇミニー、クリスマスの願いごとはもう済んだ?」
 「君の願い事が叶うといいね」
 「僕はずっと君のそばにいるよ、ミニー」

 ミッキーマウスは地位も名誉もお金もある。それだけはない。紳士的だ。なんとはなしに上品ではないか。声を荒げるのを聞いたことも見たこともない。いつでもミニーのことを考えている。そればかりではない。世界平和のことも考えているらしい。

 「ミッキーマウスみたいな男はいない」

 いや、かつて、いた。
 マイケル・ジャクソンだ。彼も、世界のアイコンだ。そして、地位も名誉もお金もあり、紳士的で優しく、上品だった。ミッキー同様に、いやそれ以上に歌もダンスもうまく、クルクルと回った。そして、滑るように歩いた。世界平和のことを考え、病んでいる人や貧困で苦しむ団体に多額の寄付を行った。

 列挙すると似たような二人である。しかし、ミッキーは愛され、マイケルは奇妙に思われていた。マイケルは、「いつまでも少年のような気持ちなんてあるわけない。児童性愛者なだけだ」「声が高いのはホルモン注射のせい」「一人ぼっち」「優しいのではなく、人嫌いなだけ」「整形依存症」と言われた。

 そして、決定的な違いがあった。マイケルは老いること、醜いことに怯え、死や病気を始めとする悲しいこと不安なことに怯えていたことだ。そして、それが原因で命を失った。亡くなった時、50歳だった。

 マイケルがはにかみ嬉しそうにミッキーと写っている写真がある。彼が18歳の時だ。

 今、きらきらと水上で歌い踊るミッキーは、私が子どもの頃に見たミッキーと変わらない。私がおばあさんになって、シーもランドも歩くのが難しくなり、我身を呪いつつ死の恐怖と闘っていても、彼はピンと張った肌で青春を謳歌し、そしてミニーを愛していると叫び歌い踊っているだろう。50年後も100年後もそうだろう。

 それでいいのだ。いつの時代の人間にも、あらゆる国の人々にも愛を与える、絶対的エース。ミッキーマウスに引退はない。お尻も出さない。揺るぎない存在。その安定感は素晴らしいことだ。

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 でも、少し想像してみる・・・ 

 もし、ミッキーマウスがおじさんだったら。

 「僕はずっと君のそばにいるよ」と言われたおばさんになったミニーマウスは、「微妙。それって、ミッキーの介護をやんなきゃいけないっていうこと? ふぅ〜。だったら特にそばにいてもらわなくてもいいんですけど」と言うかもしれない。しかし、ミッキーが普通のおじさんと違うところは介護資金は潤沢にあるということだ。そして、ミッキーにはご両親はいないようなので、親の介護は心配なさそうだ。

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ミッキーの顔になっている花火。

≪ディジーダック≫
 神4の一人ディジーが例によって取り巻き連中に囲まれていた。
写真を撮ろうと近寄ると、ディジーは唐突に、この親子のために写真を撮ってくれと言う。命令通りにシャッターを切ったつもりが、電源のスイッチを切ってしまった。申し訳ありません。

 ディジーは私に向かって、「あなたが悪いのよ。アタシが写真を撮ってあげてって言ったのに。間違えて電源を押したわね。押したのね。もう一度、撮り直してちょうだい!今度は間違えないでね」と言うのである。生意気でかわいい。ディジーらしい表現。わかっているが大人げない私は、「あひるの分際」でと思い、一人憤慨していた。バンビ好きの私だったが、ディジーもお気に入りになった。

 その様子をみていたSが、「ディジーの彼のドナルドはミッキーに次いでナンバー2の男。ディズニーのナンバー2と言ったらそりゃすごい力を持っている。ディジーが生意気なのもしょうがない」と説得力ある発言。Sはディジーにも興味がなさそうで、このスターを前に次に乗るアトラクション調べに真剣であった。このような友人がいるからスムーズに周れるのだ。うれしかばい。

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 平日なのに、朝から混雑していた。金曜だからか、夜になればまた混み合った。でも、そんなことはどうでもいいと思えるから不思議だ。マイケル・ジャクソンが閉園後の東京ディズニーランドを貸し切りにしたことはあまりにも有名だ。聞いた時は羨ましかった。いや、今でも羨ましい。貸し切りにしたら、「センター・オブ・ジ・アース」を待ち時間なしで何度でも乗れる。Sのお気に入りの「タートル・トーク」にも行ける。神4を従わせ、シーを歩く。夢だ。

 しかし、寂しいことだ。アトラクションで見知らぬ人と同じ時間を共有し、気のおけない友人と異空間で楽しい時間を過ごす。やっぱり適当に混んで、いろんな楽しいトラブルがあってのほうがいいのだ。

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木にもクリスマス・デコレーション。

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ランドとは別の魅力のあるシー。


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2012年12月01日

晩秋の散歩〜築地・浅草・スカイツリーの巻〜

 秋も深まる11月末日、友人Sと築地→浅草→東京スカイツリーと散歩をすることにしました。

≪築地市場でお寿司を食べる≫
 午前10時を回ったくらいなのに、人気寿司店は長蛇の列です。私たちはこの後スカイツリーに行く予定なので時間的余裕はありません。それほど変わりはないだろうと「並んでいないフツーの店」のカウンターに座り、本日の特別寿司(2500円)というのをいただきました。カウンターには外国の方二人連れもいらっしゃいました。ん〜。感想は・・・・並んでいない店はそれなりなの?という印象。まずいというわけではないが、美味しいというほどでもない。

 お寿司も人気がありますが、ラーメンも日本蕎麦もまぐろ丼もあれもこれも美味しそうで沢山の人が集まって食べています。築地に働いている人も、観光客も、外国人も、日本人も関係なく同じ席に座り懸命に食べています。築地は東京の台所なのだなあと改めて思います。Sはお寿司を食べたというのに、とんかつに魅せられているようで、とんかつ屋のおやじさんが盛り付けるキャベツをじっと見ています。

 築地には有名な中華そば屋(外で食べる)があり、そこで「ぐっさん」と「江角マキコさん」がTV撮影をしていました。テレビ画面でみるぐっさんは顔の大きな人という印象がありましたが、実物の顔は男性にしては小さく肌がきれいでした。

 そういうおもしろ状況を満喫し、元気よく浅草へ

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≪浅草からスカイツリーへ≫
 浅草の駅に降り立ち、浅草寺方面に歩きだそうとすると、Sが「うっ」といううめき声を出しました。「ふん?」と振り向くと、Sは「3Dみたいっ」、「トリックアートだっ」と呟きながら一人感動しています。

 灰色の冬空にスカイツリーが立っていました。

 スカイツリーを見るという心の準備がまだできていなかったので、スカイツリーに寝込みを襲われた感じでした。低く古い日本家屋が密集している浅草にヌッと立っているその姿は異質なオーラを放っています。


≪いよいよスカイツリーへ≫
 言問橋を渡り、ますます、近くなるスカイツリーを前に、Sは自慢のキャノンで夢中にシャッターを押しています。東京タワーと違い、スカイツリーは色なしのコンクリート色に見えます。夜の東京タワーの鈍いオレンジに、切なさにも近い哀愁を感じますが、眼前のスカイツリーには妙な威圧感をおぼえます。

 この日のスカイツリーの待ち時間は30分とのこと。いらいらすることなく、始めは地上350mの展望デッキへ。

 私は高いところが苦手です。高いところに来ると、胸の下の奥から「きゅうん」とわけのわからない感覚がせり上がってきます。もっとひどい時には、肛門付近が粟立つ感覚をおぼえます。もっともっとひどくなると、過敏性大腸炎のようなものになり下痢をします。
 
 では、スカイツリーに上がらなきゃいいじゃないかとおっしゃるかもしれませんが、

 「怖いけれど、話題の場所には来たい。そこが高い場所であっても、自慢のためという愚かな見栄のために一度は来たい。そのためには下痢してもよろしい」という思いがあるのです。

 結局・・・下痢をしました。

 トイレから出てきた時、Sが「大丈夫?」と心配そうにしていました。しかし、それは心配そうにしているだけで、心配していないというのはこの後露呈します。

 450mの展望回廊から降りる時に何やら説明書を読んでいたSは、「よしっ、5階に行こう!」と言うのです。450mまで登ったのです、5階くらいなんでもないと思うではありませんか、

 しかし・・・

 そこは、ガラスの床がある場所でした。いうなれば、『ガラスの間』です。

 Sはガラスの床を踏み絵のように踏めと言うのです。

 すごく嬉しそうに、

 「ここまできて、ガラスの床に上がらないのは、折角の機会を失うことと同じだよ。さぁ、カメラに撮ってあげる。怖いなら、ほら、一緒に行こう」と迫り、肛門の粟立ちを強く感じている私を引きずるようにガラスの床に立たせたのです。

 帰りのエレベーターで、Sに「朝と顔が違うよ」と言われ、恐る恐る鏡で自分の顔を覗くと、アレルギーショックを起こしたように瞼が腫れ、唇が白くなっていました。

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≪追記≫
写真をアップしようと思いましたが、
帰りの居酒屋でマッコリを飲みすぎ、そこにカメラを忘れたようです。

≪再び≫
居酒屋にあったデジカメを取りに行き、アップしました。


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posted by 雪あらし。 at 16:29| Comment(4) | 友人Sと小さな旅をする。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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