2015年01月28日

森 瑤子著『望郷』 / リタの歩んだ「マッサン」との人生

望郷 (角川文庫) -
望郷 (角川文庫) -

日本のウィスキーの父と呼ばれるニッカウヰスキーの創設者竹鶴正孝の妻リタの64年間の生涯を描いた物語である。ウィスキー誕生までの苦難と成功をリタの視点から見るとまた面白い。第二次世界大戦を「敵国日本」で過ごさなければならなかった辛さ、孤独、差別、そしてこの小説のタイトルである「望郷」の念。養女リマへの厳しい躾、正孝に手紙で指摘されるほどの完璧主義ぶり。ここら辺りは、なかなかNHK連続テレビ小説「マッサン」では表現できないところだろう。なにしろ、テレビのエリーは良い人で、良い人過ぎて困るくらいなのだ。黒エリーも顔を覘かせるこの小説は人間らしくてなかなかのお勧めである。ちなみに私はこの小説をブロ友のみやびさんから教えていただいた。復刻版である。みやびさん、ありがとうございます。

さて・・・内容をざっくりと、
ジェシー・ロバータ・カウン(通称リタ)は、スコットランド・グラスゴーの郊外に医者の長女として誕生した。町一番の邸宅に住み、医師として人間として町の人々から信頼の厚い父親と、いつも明るく料理が上手な母親の元で幸福に過ごしていたリタだったが、元来、腺病質な子どもで臥せっていることが多かった。成長し許婚と恋をし体にエネルギーが漲るような青春を送るのだが、彼は第一次世界大戦であっけなく死んでしまう。

ある日、グラスゴー大学の医学生だった妹エラが日本人を連れてきた。大きな黒い瞳、笑うとこぼれるような白い歯、後にウィスキーを嗅ぎ分けることができると自慢の種になる高い鼻、そして髭。それが竹鶴正孝だった。竹鶴は湖のような青い大きな瞳を持ったリタに一目ぼれをする。二人は急速に仲良しさんになり結婚することになった。竹鶴はリタに、「僕はここにいてもいいんだ」と言っていたが、リタは日本で生活することを決心する。1920年のことである。正孝とリタは50日間かけて横浜港に到着した。

誇り高いスコットランド人のリタは神経質で完璧主義。自らも他人も時間に厳密であることを望む。仕事には厳しいが人情味溢れる竹鶴と比べて、厳格なリタはニッカの社員たちからもあまり評判はよろしくない。遠縁ではあったが、赤ん坊の時に乳児院から引き取った養女のリマは、何度もリタと衝突をし、20歳の時、工場に勤める若者と駆け落ちをする。それを知った時、正孝は工場の横で膝を抱えて泣いていたという。

もともとリタが資質として持っていた神経質な部分に加えて、外国人をもの珍しく観察する日本人の視線に耐える生活で自己保身が強くなっていったようだ。初対面の相手が外国人の自分をどう思っているのか、受け入れてくれるのか、気味悪がっているのかを見抜くように青い瞳でじっと見つめた。養子になり、二代目のニッカ社長となる威(たけし)と会った時もそうだった。学生だった威はリタに射るように見られ「なんと冷たい目だろう」と思ったという。しかし、相手に悪意がないと知ると親しげに振舞うリタだった。

第二次世界大戦当時の北海道余市、外国人など見たこともない田舎の人たちに囲まれて、石を投げつけられ、特高から土足で家に入られ、外出も止められたリタだった。神戸時代に知り合った友人たちが、ぞれぞれの国へ引き揚げてしまった時は辛かったそうだ。母親ときょうだいから大反対され日本に来たリタは、ただ竹鶴正孝だけが頼りだった。正孝もそれは十分にわかっていたようでいつも宝物のように大切に接していた。リタの正孝への献身も見事なもので日本食からスコットランド料理までプロ並の腕前だったという。

湾岸戦争の時分に、スコットランドへ行ったことがある。ネス湖のあるインヴァネスという所だ。ネス川を望む静かな町で一人いろいろなことを考えることができた。そこにも普通の人間の生活があった。美味しいニオイが夕暮れた町から漂ってきて、ふっと柔らかい気持ちになったのを覚えている。どこでも人の生活はそれほど変わらないのだと、私はどこでも生きていけると思ったものだ。

正孝と日本に行くことを決めた時、妹のエラはリタに、「人生の中で耐えがたく苦しいのは望郷の念ですって。地の果てのニッポンで、故郷を恋こがれてのたうちまわるといいわ」と冷たく言い放った。体調を崩した晩年のリタは、夏は余市で冬は逗子で過ごしていたが、亡くなる前年の秋に余市に帰ることを望みそこで亡くなった。竹鶴夫妻の墓は余市の小高い丘の上にある。そして、北海道は、余市は、スコットランドよく似ているのだ。

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posted by 雪あらし。 at 22:21| Comment(6) | TrackBack(0) | 趣味は読書なのである。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いや〜いつもながら、
雪あらし。さんの明晰な頭脳、文章力に、唸ってしいます。

『望郷』・・・何十年も前に読んだので、
(面白かった)しか記憶がない私・・・
(最近読んだのだって、短期間に抜群の消去能力発揮ですが)
記事のおかげで、よく理解できました(*^。^;*)
ありがとうございます!
もう一度読んでみようかしら・・・
Posted by みやび at 2015年01月29日 08:51
★みやびさん、こんばんは♪

褒めていただき心苦しいです。
良い小説でした。
ご紹介をありがとうございました。
テレビはコミカルで楽しいですが、実像は並大抵な苦労ではなかったのでしょうね。
世界大戦を挟んでいるので、今の国際結婚とは全くの別物でしょうね。
辛いエピソードも多く、リタが神経質になり疑い深くなるのはとてもわかります。

みやびさんもそうですか!?
私も本は読み終わったら忘れてます(=_=)
同じ本を二冊買ったことも、かつて一度ありました(ーー)
でも、大丈夫です。
必ず脳のひきだしに入り、必要時には出てきてくれます。
みやびさんも同じです。
(●^o^●)
いつもありがとうございます。
Posted by 雪あらし。 at 2015年01月29日 22:21
雪あらしさん、こんばんは^_^
雪あらしさんの書評を読むともう読んだ気になってしまうんですよね~(^。^)
いつもわかりやすい説明ありがとうございます。
私も読んでみます(^O^)/
Posted by 赤鯉 at 2015年01月30日 00:07
★赤鯉さん、こんばんは♪

みやびさんのコメントにも書きましたが、私は本を読んだら直ぐに忘れてしまうので、感想を書き留めておおくのはなかなかいいもんです。
赤鯉さんが、これを参考にして下されば幸い子ちゃんです。
(●^o^●)
Posted by 雪あらし。 at 2015年01月30日 01:10
今晩はー。

表紙画が子供の頃好きだった東郷青児の女性の絵を思い出させてくれました。
私も国際結婚していますが、リタには足元にも及びませんね。。。恥。
日本で生きるより、楽をしているに違いありませんから。

ところで、ブラック施設に関する情報、相談の受付メールを始められたのですね。
雪あらし。さん、素晴しいです!
たくさんの人の目に留まって、雪あらし。さんの志が活かされます様に。

勢い余って、私も社会福祉法人ではない場所でのお悩み相談をしてしまいそうです。(控えます^^)
雪あらし。さんに無理のない範囲で、雪あらし。さんの経験と知識を是非活用して下さい。
雪あらし。さんが居ると、日本の福祉業界?に明るい未来が待っている様な気がします。
Posted by Sara at 2015年01月30日 05:05
★Saraさん、こんにちは♪

土曜日のお昼をまったりと過ごしています。
Saraさんも「国際結婚」でしたね(^_^)/
「日本で生きるより、楽をしているに違いない」羨ましいです。
この国は人を幸せにしないシステムが沢山搭載されていますから<(`^´)>
人間、福祉や医療が整備された国で、気の合った人と精神的楽ちんで暮らすのが一番です。

行き来が簡単になってネットがある今と、リタの当時とでは世界の拡がりは全く違ったでしょうね。
私今留学に行けたらどんなに心理的に楽だろうと思います(当時はネットがなかった(T_T))
50日かけてイギリスに行き、また50日かけて横浜につく。
留学さえも大変なこの頃、結婚で見も知らぬ国に来るのは二度と故郷は見れぬという覚悟だったでしょう。

そうなんです、ボチボチとメールが来ています。
宇沢先生の理論のようにはいきませんが、できるところから始めます。

Saraさんもお体に気をつけて。
また、ブログにお邪魔します。
(●^o^●)
Posted by 雪あらし。 at 2015年01月31日 15:07
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