2015年02月25日

人相さんの無断欠勤事情。

アルバイトしているグループホームの担当看護師と一週間ぶりに会った。この看護師は仕事もできるが、感情が安定していて高齢者に対しても良好なコミュニケーションが取れる人だ。

介護の場は、時に宝のような人材がいて、町の片隅の保障も十分でないような場所で一生懸命に仕事をしていたりする。一方で、ヒラメクラスの人間が大きな施設長室で、甘い汁をチュウチュウ吸うことを考えていたりする。だから、私は、理事長とか施設長とか名前では信じない。奴らは総じてチュウチュウ族なのだ。

さて、アルバイト看護師にしておくには勿体無いナースに、人相さんの話をすると途端に嫌な顔をした。
「雪あらしさんがどこまで聞いているのか知らないけれど、そりぁ大変だったのよ。不祥事のことは聞いた?そう、あれもすごかったし、実際、彼女自身も巻き込まれていたのよ。その話とは別に、あの人、はじめはディサービスで雇用されたんだけど、そこでトラブルが多くて、上の*フロアに移動して、今度は欠勤に次ぐ欠勤でね、当てにならなかったのよ」注)*グループホームは2つのフロアに別れている。また、ディサービスも異なるフロアに設置されている。

「休みの理由もね、子どもが熱を出した。子どもが交通事故にあった。母方のおばあちゃんが救急車で運ばれた。父方のおばあちゃんが死んだ。母方のおじいちゃんが倒れた。父方のおじいちゃんが死んだ。猫が生爪を剥いだ。自分が倒れたってね。次はどういう理由か皆、半ば楽しみにしていたくらいだったの。でもね、ほら、日中の介護スタッフは一人でしよう? 出勤の5分前くらいにそういう電話が来るもんだから、急遽休んでいるスタッフに出勤を頼んだり、シフトを組み直したりして大変だったのよ。そのうち彼女も殺す人がいなくなったらしくて(笑)無断欠勤をし始めたの」

「それでこのフロアに来る前、会社側としては退職してもらってかまわない。一旦引き受けてくれという話しになって移動してきたのよ」

「パチンコ仲間の同僚ヘルパーが「そろそろちゃんとしないと職を失うぞ」って警告したらしくて、その後は欠勤も無断欠勤もなくなったのよ」

興味尽きない人相さんであった。
ちなみに私には、「90歳の祖母の介護をして寝不足」と言っていたが、それは父方の祖母なのだろうか母方の祖母なのだろうか。

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2015年02月24日

人相が悪い女性ヘルパー。

私は今グループホームのアルバイトの介護支援専門員(ケアマネジャー)である。時給はまあまあ高いし気楽といえば気楽である。たかがアルバイトの仕事であり、次にやるべきことの準備をしながら静かに仕事をしているつもりである。

そのグループホームの勤務初日から気になる女性ヘルパーがいた。年の頃なら40前だ。人相が悪い。なるべく関わり合いにならないほうがよいと思った。

管理者は、研修モドキの時に、「今、このグループホームは改革の時なんです」と言った。そして、自分も着任したばかりだと言い、「恥ずかしいんですが、ホームの中でいろいろと不祥事があったんです」と暗い顔をして説明した。首謀者のヘルパーはとうに辞め、管理者も交代した。「ここはシロウト集団なもんで、スキルアップを図っていきたいんですよ」、そうして、「是非、お力をいただきたい」と言われた、「はい」と答えたが、アルバイトの10日しか来ない身で不思議なことを言う会社があるもんだと思った。与えられた仕事はきちんとやるが、私は管理職ではない。「お力」は、持ち上げなのか、安い労働力をしっかり使うのかはわからないが、私はここでは、冒頭に書いたように静かにしたいのであった。

ところが、ちょっとでも勤務してみると気になるところが出てくる。人質事件の発言の前から私は人相の悪い彼女の発する言葉が気になっていた。彼女は出勤してエンジンがかかると、入居高齢者に切れ間なく話し彼らの行動を決めていく。同僚と話す言葉よりも数段高くなり、幼児に言い聞かすように話す。私がいる事務室(とは名ばかりだが)があるところから聞くと、それは小バカにしたように聞こえるのである。

グループホームはワンフロアに9人程度の人が暮らす。日中、二人くらいのヘルパーが介護をしたり、三食の料理を作ったりするのである。狭いリビングで少人数で動いているとそれぞれの介護力がはっきりわかる。介護の力は優しさや強さも包括する。寄り添い方や話し方や、その人の生き方みたいなものが浮き彫りになるのだ。

人相の悪い女性ヘルパーがある高齢者女性に当てこすっている。
ぐちぐちと言った後で、
「どうして、そう指示が入らないのかねぇ」
とやれやれという感じで嘆いてみせた。

80代後半の女性に言い放ったこの言葉に言う方も聞く方も違和感を感じなければ、その施設は破綻している。このような言い方を、非常に古い意識の介護人がすることがある。措置制度時代に使用されていた言葉だ。養老院といわれる時代から運営してきた施設では、介護人を「先生」とか「寮母さん」と呼ぶ高齢者がいる。上下関係ができあがっているのだ。「先生」と呼ばれて悦に入っている奴らに反吐が出る。失礼。

元に戻そう。
「どうして、そう指示が入らないのかねぇ」

指示は指図であり、命令である。
人相の悪い女性ヘルパーは、「どうして、私の命令が聞けないの?」と言っているのだ。

言葉は続く、
「あんまり言うこと聞かなかったら、晩御飯、あたんないよぉ」
「そうなったら困るでしょう?だったら、ちょっと静かに待っててちょうだいな」

これをアニメのような声でいうのだ。胸の奥に怒りの塊のようなものが弾む。まだ、聞こえる。

股関節が悪い高齢者に向かって
「なあに、ビッコ引いてんの?」
と言った。

事務室から出て行き、
「人相さん」
と声をかけた。

「はぁい」
「ビッコというのは差別用語だから止めて下さい」
「はあ?」
不満そうな顔をしている。
「だったらなんて言うんですかぁ?」
「足を引きずると言って下さい」

これを聞いていた専門学校を出たばかりの気の良い若者が、「びっこって差別の言葉なんですか。知りませんでした」と無邪気な顔で私を見た。

人相の悪い女性ヘルパーも何も知らないだけなのだ。ただ、知らないということは、とても罪悪なのだ。

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2015年02月21日

死後の世界、あなたを迎えに来るのはだれ?

死んだらこうなるという本がある。どうなるのだろうと思って本屋で立ち読みをすることがある。誰でも死ぬ。死ぬときはおそらく一人だろうし、情報収集は今のうちにしておかなければならない。が、生きている人間の情報は胡散臭い。死んだ人間の情報は確実だが、決して手に入らない。したがって死の世界はいつもベールに包まれているのである。

最近、東京大学病院の救急センターの医師である矢作直樹氏の書いた本が売れているらしい。矢作医師は救急医療の現場で働いているから、人の死に数多く遭遇していて不思議な経験もあるという。本屋の店先でパラパラと立ち読みをしてみると興味深い文章を見つけた。死後の世界では、先に亡くなった親しい者が迎えにくるという。

「死んだら親しい人が迎えに来たり、可愛がっていたペットが迎えに来る場合もあるらしいよ。きっとロンが迎えに来るね」
と遊びに来た弟に言うと、
「ロンは迎えに来てくれないかも知れない」
と静かに答えた。

私が中学生、弟が小学生の時に我が家はパピーウォーカーになった。パピーウォーカーとは、盲導犬候補の仔犬を生後50日から約1年間、飼育する家族のことだ。資金難の盲導犬協会はボランティアで支えられている。幼犬の生育を一般家庭が行うのは金銭援助的な面と、愛情を持って育てられることで人間は信頼に足るものという心を幼犬に教えるためである。

学校から帰るとその男のコはいた。まだ幼いラブラドールレトリーバーのそのコは垂れた耳に大きな瞳で私たちをじっと見つめた。小学生の弟は飛びつくようにそのコを抱いた。そのコの尻尾はもう千切れんばかりにぐるぐると回っていたことを覚えている。

名前はパピーウォーカーがつけてもよいことになっていた。盲導犬になった時を考えて、呼びやすく、言いやすく、聞き取りやすい名前にした。きょうだいで考えた名前は「ロン」だった。

ロンはいつも元気で陽気で素直だった。ロンの母親は優秀な盲導犬だったが、父親は盲導犬試験に落ちていた。お父さんは逆さまつげで、盲導犬協会の人が言うには「ロンはお母さんに似たら優秀な盲導犬になるでしょう。逆さまつげじゃないから大丈夫と思います」ということだった。ロンのお兄さんは逆さまつげで父親似だと言う。逆さまつげが重要だということが、私たちにもわかったのである。私たちきょうだいは遺伝子を初めて知った。

弟とロンはいつも一緒だった。二人はきょうだいのようだった。近くの公立小学校に通う弟は、仲良し数名といつも一緒で、グループにはM君という知的障がいの男の子がいた。ロンも含めて彼らはいつも遊んでいた。

「ロンはボクよりもM君のことが好きで、いつも楽しそうにじゃれていた。小学生のボクはM君に嫉妬してロンに雪だまをぶつけながら怒った。Mと仲良くするなって。そうしたら、ロンは悲しそうなぶどうのような目をしてじっとボクを見ていた。ロンのことを考えると、あの時のことを思い出すんだ。ボクは100%の飼い主じゃなかったから」

1年後、約束の朝が来た。ロンは私たちが学校に行っている間に盲導犬協会に帰っていった。父親が私たちのショックを考えてそのようにしたのだ。そして、ロンが盲導犬になれなかった場合、家に戻してもらうようにお願いしてくれていた。私たち家族はそれを心から待っていた。盲導犬協会に戻ったロンは、同じ年頃のコたちといよいよ本格的に訓練の時間を過ごしていた。

ある時、父が、
「盲導犬協会に聞いたら、みんなが時計回りに走っているのに、ロンだけ逆周りで他の犬たちにぶつかっていくらしい。落ち着きがないようだし盲導犬には向いてないかもしれないな」
と嬉しそうな顔をして言った。

しかし、ロンは盲導犬になった。

盲導犬協会からは決してロンの近くにはいかないようにと言われていた。「犬は決してパピーウォーカーを忘れていないので、動揺させることになります」と言われて、私たちきょうだいは完全にロンを諦めた。私たちはロンの話をしなくなった。すれば悲しくなるばかりだった。ロンは「ロン号」というりっぱな名前になり遠い存在になった。

それから月日が経った。
毎年、お盆に家族は盲導犬協会の墓碑にお参りに行く。今、ロンはそこにいる。

M君は早くにご両親を亡くされたが、ご両親が残した土地は立地の良いところにあり月極め駐車場で生計を立てている。駐車場の周りには季節の花の鉢を置き、もうすっかり古くなった自宅周りにはつるバラを植えている。

弟は教員になり、毎年一度、学生を連れて盲導犬協会を見学している。


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2015年02月20日

看板女優89歳、平均年齢75歳の高齢者劇団「さいたまゴールド・シアター」のドキュメンタリーを観る。

BSでたまたま観た。
蜷川幸雄が主宰しているさいたまゴールド・シアターの『鴉(からす)よ、おれたちは弾丸(たま)をこめる』のパリ公演成功までのドキュメンタリー番組だ。

さいたまゴールド・シアター@.png
蜷川幸雄とさいたまゴールド・シアターの団員たち。

ただの劇団の話ではない。
最高齢88歳の看板女優を中心とした平均75歳の劇団である。10年前に蜷川監督が、演じる主体、演劇の発信者としての高齢者という視点で作った劇団だ。それから10年経ち、俳優たちはそれぞれに年齢を重ねたが、生きるエネルギーは凄まじい。セリフは覚えられない、スムースな動作が難しい、耳は遠いとそれぞれに老化はみえるが、そういうのはどうにでもなると監督はせせら笑う。問題なのはどのように演じるかということ。「年齢を重ねた人々が、その個人史をベースに、身体表現という方法によって新しい自分に出会う場を提供する」というのがコンセプトである。

施設にいるにせよ、自宅で暮らしているにせよ、残った人生を数えるような生活を送っている高齢者をみている私にとって、それはまるで違う高齢者の世界だった。老いの象徴である白髪は、エネルギーを持ちぼうぼうと逆立ち、しわがれた声に力が漲る。皺の多い腕から突き出た拳には若さとはまた異なる生命の力がある。

看板女優である重本恵津子はパリ公演で89歳の誕生日を迎えた。彼女がさいたまゴールド・シアターに入団したのは80歳を過ぎ、そろそろ経営していた学習塾をたたもうと思って時だ。若い時になりたかった女優になれるかもしれないと応募したという。80歳で新しい世界の階段に足をかけることはなかなか難しい。年だから、世間の目があるから、家族に叱られるからと自分に手枷足枷をかけて動けなくなるのが日本人的発想、高齢者的発想である。しかし、重本恵津子は違った。なにしろ大正生まれで、子育てをしながらロシア文学を学びたいと37歳で猛勉強の末、早稲田大学に合格し大学院で修士号を取得したような人だ。入学したのが昭和42年のことである。今より女性の規範がずっと厳しい時代だった。やりたかったらやるというのが重本恵津子という人間だった。

彼女は弱った足腰を鍛えるために散歩をする。呼吸をするのも辛い時がある。それでも舞台に立つ。パリの舞台に立つ。いやはや見事である。生きることは闘いだと教えてくれる。

無題.png
看板女優の重本恵津子(左)。「私の股間にキスをしなさい」と詰め寄る場面である。

私の中でこれまで高齢者は肉体的にも精神的にも弱者だった。守り、助ける無力な存在だった。だから自分が高齢になることは恐怖だ。私の周りの高齢者は私に弱さを教えてくれた。しかし、さいたまゴールド・シアターの俳優たちは違った。弱さとともに死ぬまでどうやって自分らしく生きるか、受け取ることではなく、どうやって発信していくかというメッセージをくれたのだ。ブラボーな番組だった。

saitama.png
『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』のポスター
あらすじ
 二人の青年が、チャリティーショーに手製爆弾を投げ込んだ罪で裁判にかけられている。そこに、その青年たち(孫である)を助けようと、爆弾、ほうき、傘、三味線、物差し等々の武器を持った数十人の老婆たちが裁判所に押しかける。看守を爆殺したのち、老婆達が法廷内を占拠、自分たちの手で、逆に検事らを裁判にかける。警察による強行突入の警告が流れる中、検事や、助けに来たはずの青年にまで、次々と死刑宣告をする老婆たちだが――。
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2015年02月12日

第66回さっぽろ雪まつり:大通り会場〜凍える雪像〜

第66回さっぽろ雪まつりにご案内しましょう。

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この日の気温−6.6℃。今季一番の寒さである。

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スターウォーズ

DSCN3222.JPGライトアップで次々に色が変わる。皆さん、必死にカメラに収めます。私も然り。

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春日大社

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宴もたけなわ。

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いつまでも元気なサザエさん一家。手前のタマが融けかかって不気味なのだった。

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鹿肉。道民はそうそう鹿を食べるわけではない。ただ、鹿が激増していることとジビエブームとやらで、「なるほど。そういうことなら、食べてしまえ」的な風潮があるのは確かである。ちなみに私は幼稚園児の時に鹿肉は経験済みなのであった。

DSCN3219.JPG松尾のジンギスカン。ジンギスカンは道民のソウルフードである。私も前の日、家でジンギスカンを食べた。松尾はジンギスカンの定番であり、味もよろしい。出店は肉以外にも、牡蠣やホタテの焼いたものやらラーメンやら焼きそばやらなにやらかにやら、ワインや日本酒コーナーもあった。

では、先へ急ぎましょう。
DSCN3226.JPG人だかり。アジアからのお客様も多い。欧米人は重装備でガシガシと北の大地を歩いておられる。皆さん、楽しんで下さいましね。

DSCN3235.JPG氷の彫刻。お雛様。桃の節句はもうすぐだが、この寒さで実感するのはいと難し。

DSCN3241.JPG
スペシウム光線。

DSCN3245.JPGおっ、ここにも「マッサン」が。

DSCN3251.JPG
中に入ると、「赤玉ポートワイン」ではなく、太陽ワインのポスターが。

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テレビ塔前のスケートリンクには子どもたちがスケートをしている。

DSCN3246.jpg
札幌テレビ塔。昭和32年に出来上がった。

FSCN3278.JPGでは、来年のさっぽろ雪まつりに再びお会いできますことを祈りつつ・・・

最後に・・・
DSCN3216.JPG
松岡修造氏に気合を貰って終了である。

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2015年02月09日

第66回さっぽろ雪まつり:すすきの会場〜融けてほとんど見られずの巻〜

雪まつりと併せてすすきのでは「氷の祭典」が行われる。ちょいと覗いてみませう。

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北関東以北最大の歓楽街すすきの。歌舞伎町、中州、すすきのと日本三大歓楽街と呼ばれている。不適切な関係の人たちが写ってはまずいので、フォーカスをかけてみました。大人の配慮というものである。

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「マッサン」がはっきりとお目見え。

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ここからスタート。すすきのから中島公園方面に向かって真っ直ぐ展示されている。

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あっ!「マッサン」がここにも。

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おっ!隣には「鴨居商店」が。両者一歩も譲らず人気スポットになっていたのである。

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ここも人気モノだ。融ければ蟹をほじくり出すのだが・・・

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竜宮城。

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昨日は雨が降っていたためか、折角の氷彫刻が倒壊してしまっていた。残念!すすきのもほとんど積雪がない。

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被写体が不足しているので、氷の喫煙所をどうぞ。

DSCN3182.JPG
優秀作品もこんな具合に融けているのだった。作った人も無念だろう。

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というわけで、ほとんど見る彫刻がないすすきの会場であった。さあ、気を取り直して、大通り公園の雪まつり会場へ行きましょう。ここから真っ直ぐ行くと大通り公園になるのだ。

では、それはまた明日ということで。
ごきげんよう。

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posted by 雪あらし。 at 23:15| Comment(5) | TrackBack(0) | 北海道はお好きですか? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私はブラック社会福祉法人にいるの巻 番外編その3〜求人停止〜

私が勤務していたブラック社会福祉法人は、オープン以降途切れることなくハローワークで求人募集をしていた。現在の仕事場でブラック社会福祉法人の話しをしたら「あぁ、あのいつも募集しているトコ(笑)」と言われるくらいなのだ。入っては辞め、辞めては入れる。水槽のメダカの追加みたいなのものだ。そのメダカの募集が数日前に一部を残して募集は消えてしまった。現在募集が継続されているメダカは事務職だけである。

民間の就職情報2社から募集が出ているようだ。ハローワークは雇用した時に助成金が貰えるためヒラメが最も頼りにしていたトコロである。これはどうしたことじゃろう(☼ Д ☼)

ハローワークのブラック企業締め出し制度はまだ確定していないようだが、これまで辞めた人間がハローワークの窓口で訴えた結果が実ったのか。また、2月中旬に予定されている札幌市の監査を前に看護師Tが公的な媒体に通報し、私も札幌市に入居高齢者の現在の生活を文書化にして提出したことが何らかの働きかけになっているのだろうか。それとも、たまたま、監査を前になんらかの意図があって、メダカ募集を中断しているだけなのだろうか。

どちらにしても介護メダカがこのまま充足されずに、退職者が続けば施設そのものの運営が難しくなるだろう。
どこかの水族館のマグロみたいにメダカだって一匹もいなくなる可能性がある。

DSCN3171.JPG
ここでお目見え、朝日さん。

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2015年02月01日

暗く辛い一日〜人質事件は最悪の結果を迎えた〜

母は毎朝5時半くらいに起きてお弁当を作ってくれる。まだ暗いキッチンに灯りをつけ、テレビのニュースを聴きながら、卵焼きを焼いたりアスパラのベーコン巻を作ったりするのだ。

しかし、ここ数日は、しんと静寂な中で料理をしていた。
母より遅く起きる私が、
「どうしてテレビをつけないの?」と聞くと、
怖くて見られないと言う。
スイッチを押し、私は素早く画面を確認し、
「大丈夫。まだ交渉中みたいだから」と言うと、
母は少しほっとした顔をして、
「あっ、良かったね」
と言うのだった。

しかし、恐れていたことが現実になった。
早朝、後藤健二さんの殺害が確認されたのだ。

今回の一連の人質殺害事件に関して、ネット上でいろいろな意見が飛び交った。それぞれの立場があり、いろいろな意見があるのは当然だ。各々の生育環境や知的背景や社会的経験値で導き出された意見なのだから。100人いたら100人の意見がある。

どのような意見だろうが一度全てを包括し、改めて、この残虐な行為が行われる意味を考える。例えば、ジハーディ・ジョンと呼ばれる、湯川さんを殺し後藤さんを殺害した英国人男性のことを考える。便利で清潔な英国を離れ、砂漠の乾燥した土地で来る日も来る日も戦闘に追われ、人を何人も殺し殺し殺し・・・そういうことを恒常的に行う人間を考える。その理由を考えなければ、問題の解決にはならない。明日も明後日も、同じようなことが起こる。憎しみの源泉が何かを探る作業が必要だろう。

ジハーディ・ジョンの父親は、1998年のケニアとタンザニアの米国大使館爆破事件に関与したテロの罪状で米国に起訴されている。ISILの兵士の多くは外国人だそうだ。日本人女性がフランス人の夫と共にシラク入りした事実があるし、北大生は出国寸前で日本当局に抑えられている。行為には必ず理由がある。その理由を知りたいと思う。

憎しみの連鎖はISILだけではない。アメリカの空爆はISILをピンポイントで叩けるわけではない。イスラムの人々にとっては米の空爆もある意味でテロの脅威なのである。親を失った子が数年後に銃を担ぎナイフを手にしないとは誰が断言できるのか。

******
後藤健二さんの恐怖と苦しみを想像すると他人の私ですら叫びたいような気持ちになる。ご家族はどんなに辛いことか。地獄だ。テロ行為とはそういう地獄を方々にまき散らすのだ。人の尊厳を奪い、唯一の人生を捻じ曲げ奪う行為である。

それを踏まえて考える。今回、何度も聞かれた「テロに屈しない」という文言である。テロに屈しないという理由で、アメリカ人ジャーナリストをはじめ多くの人質の命が失われた。テロに屈しないために空爆で多くのイスラムの人の命が失われた。「テロに屈しない」とは死と同義なのだろうか。

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posted by 雪あらし。 at 23:30| Comment(9) | TrackBack(0) | 日々の出来事。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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